(第29話) 共命鳥 (命命鳥)の教え
佛説阿弥陀経という経典の中に六羽の鳥の名前が出てきます。
その一羽が共命鳥(命命鳥)と言われる鳥です。
その鳥は、胴体が一つで首から上は二つあるという鳥です。
二つの頭があるのですから、心も二つあるという事になり、考えることも好みもそれぞれ異なっており、何時も意見の相達でけんかがたえませんでした。
ある時片方が我慢できなくなり、「こいつさえいなければ本当にいいのに」と考え、相手を困らせるつもりで毒の実を食べたのですが、たしかに片方の頭は生き絶え絶えとなり苦しみ出しました。いいきみだと思っていたら自分まで苦しくなり、気がついた時にはすでに手後れ、一つの胴体しかない共命鳥(命命鳥)は死んでしまったのです。
仏教が共命鳥(命命鳥)を通して教えようとする事は、共に生きているにもかかわらず、自己中心に生きている人達に対して、「別々に見える命もお互いに共有された命なのだ」と言う事を教えて下さっているのではないでしょうか。
時には、私達は『生かされている』ことを考えてみたら如何ですか?